第22回「大学発スタートアップ創出における大学側の課題」

2026.3.25

大学発イノベーションにおいては、既存企業へのライセンスに加え、スタートアップを通じた社会実装が重要な選択肢として位置づけられるようになっています。一方、現場では知財対応、組織体制、人材面などに関するさまざまな課題が指摘されています。大学TLO等の活動実態や現場での課題を把握し、今後のスタートアップ支援の在り方を考えることを目的として大学TLO等にヒアリングを実施しました。

1. 取り組み内容

大学発技術の社会実装を支援する5つの大学関連機関やTLO(技術移転機関)等を対象に、スタートアップ創出に関するヒアリング調査を実施しました。調査対象には、地域性(地方・首都圏)、スタートアップ創出への取組状況(長年の実績を有する大学・近年注力し始めた大学)、規模(学生数)などが異なる、多様な背景を持つ国立・私立大学の関連機関を選定しています。
現場のリアルな声を聴取することで、スタートアップ創出における具体的な課題及び弁理士が果たし得る役割を抽出しました(実施年:2025~2026年)。

2. ヒアリング結果

2-1. 普段の活動内容

  • 多くの機関において、日常業務の中心は産学連携および知的財産の創出・導出であり、具体的には発明発掘、特許出願管理、企業やスタートアップへの技術紹介、共同研究の契約支援などを担っている。
  • 組織体制としては、「発明発掘・特許出願支援」と、「起業支援」とを、別部門が担当する形が多く見られた。少人数の推進室が研究シーズ探索からコミュニティ形成、ファンド連携まで横断的に対応している例も存在する。
  • 人員は総じて限られており、数名〜十数名で多数の案件を抱えている機関や、地域別に複数大学をまとめて支援している機関も確認された。

2-2. 初回面談から会社設立までの一般的なフロー

  • 明確な定型フローが整備されている大学と、案件ごとに手探りで進めている大学が混在している。
  • 比較的整備された大学では、以下の流れが一般的であり、設立までに1〜2年、長い場合は5年程度を要する。

    1. 教員・学生からの相談、または学内公募への応募
    2. シーズ評価・事業性検討(PoC(概念実証)、ギャップ分析)
    3. ギャップファンド等による数年単位の支援
    4. 会社設立

  • スタートアップ化するか、企業へのライセンスや共同研究に留めるかについては、「スタートアップでなければ社会実装が進まないか」「企業に直接導出した方が早いのではないか」といった観点から、慎重に検討するケースが多い。
  • 学生起業の場合は、すでにプロダクトやサービスを立ち上げた段階で相談に来る例もあり、研究成果起点の教員起業とは異なる対応が求められる。
  • 一方で、手探りで進めている大学においては、教職員と共に地元の中小企業や工場を回って事業化できないかを検討するなどの地道な取り組みを行っている。

2-3. 大学側体制における課題(スタートアップとのやり取り)

  • 多くの大学で共通して挙げられたのは人材不足であり、特に新しい技術を解像度高く理解し、教授や研究者等とやり取りのできる経営人材や、財務・法務・知財を横断的に理解し伴走できる人材などが不足している(特にCEO/CFO)。
  • 意思決定面では、学内稟議や教授会、部局調整などのプロセスに時間がかかり、スタートアップの資金調達や事業スピードと合わないという問題意識が強い。
  • 金銭条件やストックオプション(SO)を巡っては、大学内で将来価値の説明や評価まで求められる場合もあり、決裁レベルが高いほど現場の説明コストが増すため、結果として将来価値の説明の難易度の高いもの(例えばSO)を避ける選択につながる場合もある。
  • 知財費用、とりわけPCT出願や海外移行費用の確保の際は、海外での事業可能性をどこまで説明できるかが問われること、助成金制度の使い勝手の悪さも課題として挙げられた。

2-4. 大学側が力を入れているスタートアップ支援

  • 多くの大学で、ギャップファンドやPoC取得支援など、創業前段階の資金支援に注力している。
  • 事業化支援として、事業計画作成、顧客ヒアリング、ピッチイベント・ビジネスコンテストへの参加支援を行っている例が多い。
  • 学内外の交流を促すため、コワーキングスペースを設置している大学もある。
  • CXO人材(経営人材)のマッチングや起業教育にも取り組んでいるが、量・質ともに十分とは言えないとの認識が共有されている。
  • 一方で、「支援し過ぎるとスタートアップ側が大学に依存してしまう」という懸念もあり、自立を促すための支援の線引きが課題となっている。

2-5. 起業前の初回面談時に注意している点

  • 初回面談では、教員・学生の起業に対する本気度を重視している。
  • 起業の目的について、「研究費獲得が主目的なのか」「社会実装を本気で目指しているのか」を丁寧に確認する。
  • 申請書や事業計画など必須の書類作成対応を主体的に行えるかも重要な判断材料とされる。
  • 教員が起業する場合、経営への関与度合いや役割分担(技術顧問に留まるのか)についても初期段階で意識している。
  • 学生起業では、技術理解の深さチーム構成が特に注視される。

2-6. スタートアップから求められる支援内容

  • 特に、CEO・CFO候補の紹介への期待が高い。発明者(教員)との相性も重要なので、難易度が高い。
  • 知財費用やインキュベーション施設利用など、金銭的負担の軽減支援の依頼も多い。
  • その他、事業計画やピッチ資料作成支援、ピッチイベントへの橋渡し、特許出願・先行技術調査などもある。弁理士・弁護士など士業の専門家紹介の依頼もあり。

2-7. 支援を依頼してくるスタートアップ側に多い課題

  • 事業計画やビジネスモデルが十分に整理されていないケースが多い。
  • 財務・経営に関する知識不足により、将来像や資金計画を具体的に描けない例が見られる。
  • 学内承認、利益相反(COI)申請、発明届などの書類作成で行き詰まることが多い。
  • 研究活動と事業活動の切り分けが曖昧なまま進めてしまい、後で問題が顕在化するケースもある。
  • 教員がCEOを務めることの現実的な難しさや、情報管理の甘さも課題として挙げられた。

2-8. 外部専門家に対する大学側の理想像

  • 出願手続のみならず、出願前の段階から事業性を踏まえた助言ができる専門家が求められている。知財戦略とビジネスモデルを結び付けて議論できることが理想とされる。
  • 正式な依頼に至る前の、「ふんわりとした初期相談」から対応できる、メンター的な関与へのニーズも高い。
  • 低額報酬やSO併用など、スタートアップの実情に配慮した柔軟な関与モデルへの期待も示された。
  • 教員に対して情報開示や契約上の注意点を伝えるなど、教育的役割も重要視されている。

2-9. 知財関連の具体的論点

発明届段階
  • 事業性は限定的にしか検討できていないケースが多い。よほど類似のものがない限り、将来の可能性を信じて出願する方針を取る大学が多く、審査請求時に再判断する運用が一般的である。
  • 海外展開(PCT出願の各国移行)については、多額の費用を要するため、費用対効果の観点から極めてシビアに判断される。
論文・学会 vs 特許
  • 論文発表(学位取得)のKPIも高く、事業化(特許出願)のKPIも高いため、両立に悩むケースが多い。
  • 学会発表前にTLOが内容を短期間でレビューしている場合もある。
共同研究・共同出願
  • 共同研究先である大企業との特許の共有関係が、スタートアップ設立やライセンスの障害になる例がある。
  • 特許法73条の制約(共有の場合、第三者への実施許諾に他の共有者の同意が必要)が実務上の大きな課題として意識されている。特に、共同出願で相手企業から「自社実施はしないがライセンスも認めない」という制約がかかり、起業が断念されたケースも報告された。

2-10. 起業を考えている教員・学生へのメッセージ

  • 起業は決して甘いものではなく、長期戦である。
  • 覚悟を持って相談してくれれば、大学側もその覚悟に応える準備をしている。
  • 経営・財務・知財の基礎を事前に学んでおいてほしい。
  • 書類やルール対応が想像以上に重要であることを理解してほしい。
  • 周囲のアドバイスを柔軟に受け入れる懐の深さ、視野の広さが成功には不可欠である。

3. 課題

3-1. 体制・意思決定に関する課題

大学側の意思決定プロセスが複層化し、スタートアップ側の資金調達や事業検証のスピードと乖離するとの指摘があった。特に、大規模大学では部局間調整が複雑化しやすく、地方大学では専任人材不足により制度整備が進みにくい傾向がみられた。

3-2. 利益相反(COI)・兼業対応

研究者が起業主体となることで大学TLOとの関係性や立場が変化し、COI審査や兼業ルールの解釈が難しくなる点が課題として挙げられた。兼業の許容度は大学によって違いが見られた。

3-3. 知的財産・ライセンス条件

スタートアップの資金制約を踏まえた出願費用負担の調整や、ライセンス条件(初期費用、支払猶予、SO等)の設計に苦慮するとの声が多かった。大規模大学では条件が画一化しやすく、地方大学では海外出願費用や評価基準の整備が課題となりやすい傾向があった。

3-4. 事業化人材・伴走支援

技術そのものよりも、CEO・CFO等の経営人材や事業化人材の不足が最大のボトルネックとして認識されている。地域連携やコミュニティ形成、外部人材紹介会社との連携により補完を図る例がある一方、継続的な伴走体制の構築には限界があるとの指摘があった

3-5. 研究成果公開と権利化の両立

論文・学会発表と特許出願のタイミング調整、共同研究・共同出願に伴う将来制約が、起業局面で顕在化しやすい。特に共同研究が多い大学では、特許の共有関係が事業化の障壁となる可能性が意識されている。

4. 弁理士が果たし得る役割

4-1. 創業前段階における知財と事業の整理

大学発スタートアップでは、研究成果が「論文・学会発表」と「特許出願」の双方を前提として進むケースが多い。一方で、事業化を見据えた際に、どの技術をどの範囲で権利化すべきか、また将来の事業展開に耐え得るかといった検討が十分でないまま進む例も少なくない。
弁理士が、研究内容の技術的本質を整理し、事業との接続を意識した知財の切り出しや出願戦略の設計に関与できれば、将来の選択肢を狭める制約を低減する役割を担うことができる。

4-2. 共同研究・共有関係に内在するリスクの可視化

大学発スタートアップでは、上記のとおり、共同研究や共同出願に起因する共有関係が、設立後のライセンス交渉や資金調達時に課題となる場合がある。
弁理士が早期に関与し、共有の法的構造や将来リスクを分かりやすく整理・説明することで、研究者・大学・スタートアップの認識ギャップを埋め、現実的な対応策を検討する土台を整えることが可能となる。

4-3. 研究者の「立場の変化」への伴走

起業を決断した研究者は、研究者から事業当事者へと立場が変化する。この転換点において、COI、兼業、交渉主体の整理が不十分なまま進むと、後に問題が顕在化する可能性がある。
弁理士が、知財の観点から立場の変化に伴う留意点を整理し、早期に共有することは、研究者自身のリスク低減にもつながる。

5. おわりに

本ヒアリングを通じて、大学の規模や立地にかかわらず、現場の担当者が情熱を持って「社会実装」に取り組んでいる姿が浮き彫りになりました。また、大学・スタートアップ双方の視点を踏まえた実務的な支援の重要性も明らかになりました。今回の調査が、今後の知財活動の参考になれば幸いです。