事例紹介

株式会社サウンドファン

平成25年10月に設立された株式会社サウンドファンは、音の「聞こえ」を良くするスピーカーづくりにこだわっている企業です。人間は誰もが年齢を重ねるにつれて、音が聞こえにくくなるもの。そのとき、「聞こえ」の助けになるのが、サウンドファンの開発した「ミライスピーカー」なのです。ユーザーの評価も高く、サウンドファンの調べでは実際に使った方の87.9%が「聞こえやすくなった」と回答しています(※)。そんなミライスピーカーで特許の取得を通じて感じた特許の価値や特許を取得するまでの軌跡について、同社の宮原信弘様、田中宏様、波多江良徳様にお話を伺いました。

※サウンドファン(https://soundfun.co.jp/)調べ。

サウンドファン

左から古い順に並んだ歴代製品の一部。右が小型化に成功した最新のミライスピーカー。

“音”で世界の人を幸せにする!
遠くまで音を届ける「曲面サウンド」を実現したミライスピーカー

ーーまず、ミライスピーカーとはどんなスピーカーなのか、特徴や仕組みについて教えてください。

ミライスピーカーとは、難聴者から健聴者まで音の聞こえを良くして、「音のバリアフリー」を実現できるスピーカーです。一般的なスピーカーにおいては、円錐形の振動板を採用しかつ振動板の中心に振動源としてのドライバユニットを接続しますが、ミライスピーカーにおいては、丸く曲げた曲面振動板の端部にドライバユニットを接続している点で従来と大きく異なり、この曲面振動板から出た音は大きくクリアに聞こえるという特徴があります。当社では、曲面振動板から発せられる音が大きくクリアに聞こえるこの現象のことを「曲面サウンド」と呼んでいます。

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曲面サウンドのデモンストレーションをして頂いている様子。

こちらのオルゴールのユニット(波多江様が右手で持っている黒いもの)と薄いプラスチックの板を使って実際に「曲面サウンド」の現象を再現してみましょう。本来オルゴールはこのユニットを箱などに入れて音を共振させて響かせるものですので、ユニット単体から発せられる音は小さく、ユニットを振動板の替わりとしてのプラスチックの板に接触させても、少し距離が離れるとほとんど音が聞こえませんが、接触させた状態でプラスチックの板を曲げると、途端に音が大きくクリアに聞こえるようになります。これが曲面サウンドです。このように曲げた振動板から発せられた音は距離が離れていっても減衰しにくいため、遠くでもよく聞こえます。材質や曲げる角度によって多少音質は変わりますが、たとえばコピー用紙でもオルゴールユニットをくっつけて曲げると同じ効果が得られます。

ミライスピーカーと一般的なスピーカーでは、実は空中での音波の出方が異なります。一般的なスピーカーはスピーカーの中心軸に強く音波が出ていて、その周辺にいくほど音波が弱くなります。一方、ミライスピーカーは広い指向性を持つため、スピーカーから前方に向けて同心円状にきれいに音波が出ます。

ーー何かしらの”曲面”があれば良いというわけですね。

そうですね。このように曲面から出た音が遠くまで届けられることは、実は以前から知られてきました。たとえば、鈴虫の身体は小さいのに鳴き声は遠くまでよく聞こえますよね。あれは曲がった羽をこすり合わせることによって、音を遠くまで飛ばすことができているのです。

ーーミライスピーカーができたきっかけは?

ミライスピーカーの開発の発端となったのは、創業者の父親が「テレビの音が聞こえない」と訴えたことでした。創業者が聞こえを良くする技術がないか探していたところ、音楽療法に詳しい名古屋大学の教授から「老人性難聴の方には蓄音機の音が聞こえやすい」との情報をいただきました。早速、蓄音機に似せたスピーカーの試作機を作って父親に聞かせたところ、補聴器なしでテレビの音が聞こえるようになったのです。ここからミライスピーカーの開発が始まりました。

ーーどうして「聞こえ」を良くするスピーカーづくりにこだわったのでしょうか。

「難聴者向けのスピーカーはこれから成長市場である」と考えたからです。実は、日本には難聴者が約1,400万人いて、またWHO(世界保健機関)の発表によれば、とりわけ65歳以上では3人に1人が難聴者だと言われています。しかし、補聴器は皮膚に直に触れることで炎症が起きることも少なくなく、頻繁に調整が必要なこともあり、その普及率は国内では15%程度にとどまっているのです。難聴になると、家庭内でのコミュニケーションが難しくなったり、テレビの音が家の外まで漏れることで騒音問題になる可能性もあります。また、災害時には避難情報が届かなくなるおそれもあります。また、活動的でなくなることで認知症の発生率も約2倍に上昇するそうです。このように、難聴になるとさまざまなところに支障をきたすようになります。
一方、世界にも難聴者は非常に多くいます。WHO(世界保健機関)の発表によれば、2050年までに世界の難聴者は25億人に増える見込みとも言われています。そうしたファクトから、「”音”で世界の人を幸せにする!」を企業理念に、海外展開も視野に入れて会社を立ち上げたのです。

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特許取得への道
有効性を示すために介護施設でエビデンスを集めた

ーー創業当初から特許、意匠、商標などを数多く申請されていますが、知的財産を権利化しようとされたきっかけは何だったのでしょうか。

起業するまで実験や試作を繰り返していたのですが、そのときに他社の社内弁理士でありながらいろいろ相談に乗っていただいていた先生がいました。その先生に、「曲面サウンドそのものは公知の現象であるため特許にはならないが、曲面サウンドに付随する周辺の構成を含むスピーカーの構造については特許になるのではないか」と助言をいただいたのです。
そこで特許出願するスピーカーの有効性を証明すべく、あちこちの介護施設を訪問して、「聞こえ」のデータを集めました。施設利用者に従来のスピーカーと曲面振動板を採用したスピーカーの音を聞き比べてもらい、有効性があることのエビデンスとして「曲面のほうがよく聞こえる」との回答を集めて特許申請時に提出したのです。通常、特許の出願から取得までには2~3年の年月を要しますが、特許審査に関するベンチャー企業支援策の一環である早期審査制度を利用したため、6ヶ月ほどで特許査定が下りました。これが知的財産の権利化の第一歩となりました。

ーー海外展開を視野に入れているということでしたが、海外での特許も取られていますか。

まずは近隣の中国・韓国・台湾で取得した後、英語圏での販路開拓を見据えてアメリカ・カナダ・オーストラリアでも取得しました。
海外での特許取得を考えたのは、ヨーロッパには難聴者が日本の倍以上いることが調べてみてわかったためです。これは、言語の性質の違いによるものではないかと言われています。というのも、日本語は母音が多く語尾が比較的はっきりしているのですが、ヨーロッパの言語は子音が多く、耳が悪くなると聴き取りづらくなるそうなのです。アメリカももともとヨーロッパからの移民が開拓した国なので、同じような傾向があると推測されます。そこを解決するのは、まさに「”音”で世界の人を幸せにする!」を企業理念に掲げる当社の役割と考え、海外進出を検討し始めました。海外での特許取得を考えたのは、もう1つ理由があります。

ーーもう1つの理由とは?

弁理士の先生に海外での特許を調べていただいたところ、当社の類似事例がほとんど見当たらなかったのです。海外に類似事例がほとんどないのであれば、海外でも特許が成立する可能性が高まるのですから、取得へのモチベーションも上がります。そのことが海外進出への後押しにもなりましたね。

特許の持つ2つの価値
模倣から知的財産を守れること・資金調達の助けになること

ーー御社の特許に対する考え方について教えてください。

特許には2つの価値があると考えています。1つは、模倣から自社の知的財産を守れることです。実際に海外進出をしたときに、いつどこで自社製品の模倣品が作られてしまうかわかりません。海外から「自社と一緒にやりませんか」とお誘いをいただいたり、「海外のこのサイトに載せればたくさん売れますよ」と言われたりすることもありますが、「無防備なままで海外へ出て行くのは良くない」と考え、まずは模倣を防ぐために知的財産の権利化を進めてきました。
模倣から守れるのは国内においても同じです。特許だけですでに10数件ほど取得していますが、どこかの大手企業が当社の模倣品を作ろうとしても、それだけの数の特許をかいくぐるのは難しいでしょう。だから、そういう意味でも特許を取得する価値があったかなと思いますね。

ーーたまに「特許を取得できたことは満足だが、係争が起こらなければかけたコストが無駄になるのではないか」と言われることもあります。そのあたりはどう思われますか?

幸いなことに、今のところ係争は起こっていません。今はまだ知名度はありませんが、すでに当社のミライスピーカーは様々な種類のスピーカーを全て含めた中でもシェアの1割程度を占めています。また、テレビCMも打っており、最近では量販店での販売にも力を入れ始めているため、今後知名度が上がるにつれて出る杭を打ってくる競合他社もあるかもしれません。そのときこそ、特許が「模倣から守る」という価値を発揮してくれるでしょう。

ーー御社の考えるもう1つの特許の価値とは?

もう1つは、資金調達の助けになることです。創業当初はどうしても資金が不足しがちですよね。今では地域の信用金庫まで企業に助成金を出すようになっていることもあり、助成金を得るべく当社でも多くの申請書を書いてきました。その際に、「成立特許がこれだけあります」と示すと、申請が通りやすくなるのです。これまで10数件の助成金をいただいていますが、そのおかげで思い切った開発ができるようになり、開発のスピードも上がりました。事業がある程度成長して認知度も上がってくると、ベンチャーキャピタルや支援も受けられるようになりますが、企業を立ち上げたばかりのときの資金調達には、特許が大きな力になってくれましたね。ちなみに、海外への出願はPCT国際出願制度(※)を利用しましたが、そのときも東京都から外国特許出願費用助成金を得て出願しました。
※PCT国際出願制度・・・国際事務局へ出願することで、すべてのPCT(特許協力条約)加盟国に対して出願日を確保する効果が得られる制度。

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弁理士に期待することは
申請内容のブラッシュアップを一緒にしてほしい

ーー弁理士に対して今後期待されることは?

創業間もない頃からお世話になっている弁理士の先生には、手弁当でお手伝いいただきとても感謝しています。先生の「起業したてのベンチャーだから手伝ってあげよう」というお気持ちが嬉しかったですね。また、バリエーションを増やすときやそのクレームの構成方法、海外からのクレーム回避の方法などのアドバイスをいただけていることも、大変助かっています。
今後は、特許を練り上げていくときにもいろいろアドバイスをいただけるとありがたいです。そのためにも、積極的に当社の輪の中に入っていただいて、我々と一緒になって特許内容のブラッシュアップをしていただいたり、不足部分があればどうすべきかを相談しながら進めていきたいですね。

ーーそれは我々弁理士も肝に銘じなければならないところですね。弁理士業界のほうも、お客さまのもっと深いところに入り込んで協力していこうとしているところなので、おっしゃっていただいたことを今後意識していきたいと思います。お忙しいところ、取材にご協力いただきありがとうございました。

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