事例紹介
株式会社トラバース
昭和51年(1976年)の設立以来、50年近くにわたって大手ハウスメーカーを主たる顧客に、敷地調査に関わる事業を展開してきた株式会社トラバース。
測量調査、地盤・地質調査、地盤改良工事、環境開発、擁壁・公共工事といった敷地調査や工事に係る多彩な事業と併せて、機械装置の開発・応用や設計・解析、各種土質試験なども担い、地盤に関するあらゆるニーズに包括的に応えていける「地盤対策のスペシャリスト」とも言うべき企業です。
そんな同社の強みは、既存の手法にとらわれることなく、積極的に新たな技術やそれにもとづく新工法の開発、さらには調査・工事に必要な機械の開発・製造までを自前で行える点にあります。その中には特許権や実用新案権を取得した技術・製品も多く、同社の技術力の高さを物語る大きな特徴の一つにもなっています。
今回は、そんな同社で先頭に立って技術開発をリードし続ける代表取締役社長の佐藤克彦氏に、トラバースの技術や知的財産権取得への取り組みについてお話をお伺いしました。
「現場での苦労」が技術開発の起点
地盤調査・改良工事の世界にイノベーションを
ーーまずはトラバースのこれまでの歩みについてお聞かせください。
もともと当社は公共工事における測量を手がける会社としてスタートし、実績を積む中でハウスメーカーの地盤調査や地盤改良を手がける会社からお声がけいただき、地盤調査や地盤改良工事を手がけるようになった経緯があります。
当時(昭和50年~60年代)の地盤調査では、ほぼすべての現場で「スウェーデン式サウンディング試験方法(注1)」という手動による地盤調査方法を用いるのが一般的でした。これは重りのついたロッドを地面に差し込むことで抵抗値を測る調査方法なのですが、時には100kgにもおよぶ重りを積む必要があったり、一箇所だけでなく複数のポイントで試験を行う必要があったり、地面に深く突き刺さったロッドを引き抜いたりと大きな労力を要する方法でした。
ーー当時の現場は、そんな苦労が当たり前だったのですね。
そんな現場を目の当たりにし、「これはいかん。もっと楽に試験を行えないものか」ということで、都内の機械メーカーに相談したところ、油圧で重りを持ち上げる装置を見せていただきました。これを既存の調査試験機に取り付けたところ、重りの上げ降ろし作業を軽減することができました。加えて、この試験機は地中にロッドを差し込む際、人間がハンドルを回転させる必要があり、そこにも大きな労力がかかっていました。そこでモーターで回転操作を行う装置を見つけてきて、それに加工を施し試験機に装着することで機械化することができました。これを当社では「半自動式SWS試験機」と命名し、現場で用いることで大幅な作業効率化と省人化を実現することができたのです。
半自動式SWS試験機
ーー現場での苦労が技術開発の起点となるわけですね。
そうです。地盤調査に限らず地盤対策に関連した現場ではさまざまな苦労にもとづく課題が山積状態であるにも関わらず、誰もそうした現状に疑問を抱かず昔ながらの方法を粛々と実施するだけでした。それではいつまで経っても現場の労働環境は改善しない。だったら自分がやってしまえ、ないものは作ってしまえ、という気持ちで技術開発に取り組んできました。
当社には「パッセン21」という、柱状改良工法(※2)による地盤改良工事で必要となるセメントミルクを自動計量する自動計量ミニプラントがあるのですが、これもそんな現場の苦労をもとに開発したものです。
従来はセメント袋を人間がトラックから一袋ずつ降ろし、セメントと水とを混合するプラントに投入することでセメントミルクを作っていたのですが、コンクリート1バッチ(1練りの量)を配合するのに7袋、約280kgものセメント袋を降ろさなければなりませんでした。これでは作業に従事する人間の身体が持ちません。当初、社内の若い人に作業をしてもらいましたが、数日で音をあげるような作業でした。そこでセメントをあらかじめまとめて1トン分の袋(トンパック)に入れておき、それを機械でサイロに投入し、そこからプラントに圧送できる仕組み(特許第2642328号)を考えました。これによってトラックから人がセメント袋を降ろしてセメントミルクを配合する工程を省き、現場の労力削減および効率化を実現することができました。当時、地盤改良工事の現場でこのような自動化に真剣に取り組む人間はいませんでしたが、今日では日本全国の現場で当たり前に使われるようになっています。
特許第2642328号公報(符号2がサイロ)
ーー地盤調査・改良工事の現場にイノベーションを巻き起こしてきたわけですね。
これらを一例に、常に現場に出て課題をキャッチしたうえ、独自技術や機器の開発を通じてそれを解決し、この業界の課題解決や業務効率化の一助になることが私の願いであり、トラバースの社会的な使命だと思っています。このまま少子高齢化が加速し、土木工事の世界でも人手不足や後継者不足が大きな問題となっていく中、こうした取り組みはより一層大きな意味を持ち、その過程で取得した特許などの知的財産権はトラバースの大きな強みとなっていくと考えています。
トラバースの技術開発スタイル
必要な技術は実践を通じて習得していく
ーー設計や試作・評価などもご自身でやるのですか?
当時は設計スキルなんてものはありませんから、作法に則った図面を製作するなんてことはできませんでした。しかし私には趣味で絵画を嗜むなど絵心がありましたから、「こんな機械があったら便利だな」と思うものをイラストとして描き、そこに寸法や機械の動きを図示したイラストを添えるなどして製作所さんに試作品を作ってもらっていました。その試作品をもとに何度も評価試験を繰り返しながらイメージ通りの機能を追求していく……そんな二人三脚のモノづくりでした。もちろん私自身も時間があれば自社工場の片隅でドラム缶を加工してセメントミルクの製造プラントを試作してみたり、そのために必要な溶接などの技術を勉強したり、CADを用いた設計を勉強したりと自己研鑽に励みました。
ーーそうした佐藤社長の熱いマインドがトラバースのモノづくりの源泉なのかもしれませんね。
私は毎日工場や現場に足を運び、そこで作業に従事する作業員たちと積極的にコミュニケーションを図りながら直接的に現場の課題をキャッチすることを心がけています。また、お客様から頂戴する様々なフィードバックにも目を通すようにしています。それでこそ見えてくる現場の問題や課題があります。会社の中にいるだけでは決して何も生み出せません。
これまで地盤改良等に関する新工法や、スクリューウェイト貫入試験機「(特許第5753239号)」などの機械装置を開発・実用化し、その多くで知的財産権を取得してきましたが、これらもすべて現場からの課題をもとに生み出したものです。もちろんこれら以外にも私の頭の中にはまだまだたくさんアイデアがあり、時機に応じて開発に着手していく予定です。
ーーご子息が元プロ野球選手のG.G.佐藤選手であることも関連するとは思いますが、ピッチングマシンやグラウンドの排水構造など野球に関する特許・実用新案権も取得されています。これらも「現場での課題」にもとづいて開発されたものなのですか?
そうです。もともとG.G.は小学校卒業まで地元のリトルリーグに入っており、そこでは常に一番手の選手だったんです。それで中学生になるにあたり、もっとレベルアップを図ることのできる環境を、ということで地元から離れ、全国優勝の実績がある強豪シニアリーグに入団させました。ところがそのチームは全国からプロを見据えた有望な選手が集まるような環境なので、G.G.は15番手くらいの序列になってしまった。このままだとレギュラー奪取は難しい。そこで私がG.G.専用のピッチングマシンを製作したんです。当初はうちの嫁さんが一球ずつボールを入れて打ち出すようなマシンでしたが、そのうち「手が汚れるのでやりたくない」と言い始めた(笑)。だったら連続で打ち出せる機構を考えればいい、ということでドラムの中に約100球ほどのまとまったボールを充填し一球ずつ打ち出す仕組み(登録実用新案第3001700号)を作りました。それによってG.G.一人でバッティング練習が行えるようになり、結果的にシニアリーグでレギュラーの座を掴み、全国優勝を手にすることができた。おっしゃる通り、これも日常の中の課題をもとにした発明だと言えますね。
登録実用新案第3001700号公報
ーーそうした取り組みの礎となる研究・開発体制はどのようになっていますか?
基本的には私一人で設計、試作評価まで行っています。そして前述の通り、ほぼ毎日のように現場や自社工場に足を運び、状況を仔細に眺め、作業に従事する従業員たちとコミュニケーションを図ることを大切にしています。それによって潜在的な部分も含めて課題が浮き彫りとなり、それを解決へと導く技術や機械の構想が練りやすくなります。これがトラバースの開発の基本です。
一人のほうがフットワークが軽く、現場での課題キャッチから設計、試作評価といった流れを実施に移しやすい。私は思いついたら即行動に移していくタイプですから、極力シンプルな体制の方が動きやすいんですよ。
一方で、社員たちにも私のそうした姿勢や取り組みに刺激を受け、新たな価値創造へのマインドを磨いてもらい、将来的にはチームとして研究・開発に取り組んでいきたいという気持ちも抱いています。
知的財産活動の軌跡
トラバースの技術を守るための知財活動
ーートラバースは地盤補強工法、杭工法、擁壁・塀の工法等の多彩な独自工法や、そのための建設機械の開発を行っており、それと併行して積極的に特許出願、実用新案登録出願、および商標出願を行ってきた会社とお見受けしております。ぜひ、継続的に出願を行ってきた理由および出願を行って良かった点などをお聞かせください。
おっしゃる通り、当社には、地盤補強工法、杭工法、擁壁・塀の工法に関連した多様な独自技術や建設機械があり、その多くで特許などの知的財産権を取得しています。過去には「タイガーパイル」などいくつかの特許でロイヤリティが発生し、大きな収益を生み出しましたが、私はそういったことよりも「トラバースの技術力の高さをアピールするためのステータス」としての意味合いの方が大きいと考えています。
加えて、社員たちに「自分たちは常に前例のない先駆的な取り組みを行っている」という自負を抱いてもらうためのある種のカンフル剤となり得る点や、心血を注いで確立した技術を守る意味でも特許出願などの知財活動は大きな意味を持つものだと感じています。
最先端で仕事するためには、道具(=機械)にこだわる必要があると考えています。良い道具を使うと、仕事の質が違ってきます。また、社員は、自分たちは特許を取得できるような良い道具を使って仕事をしているという誇りを持つことができ、自信をもって自社のサービスをお客様に提供できるようになります。そのためにも、知財は重要だと考えています。
ーーせっかく自分で発明した技術なのだから、それを守るという意味でも知的財産権を取得するのは当然の流れというわけですね。
自分たちが発明した技術なのに、他社によって特許などの知的財産権を取得されてしまっては本末転倒というものです。
さらに言うならば、トラバースならではの「常に新しい発明への挑戦」という伝統を途絶えさせず連綿と続けていく意思表示としても、今後も積極的に知財活動に取り組んでいくつもりです。
ーーそんな佐藤社長の想いを受け継ぐ若手社員たちへの期待は?
常日頃から、若手技術者が考えたものに関しては特許を出願するような促しは行っています。
若手が考えた工法や機械に対して、私が「これはいいね。特許出せるんじゃない?」と言うととても嬉しそうな顔をする。やっぱり自分で発想し、手を動かしてこれまでになかったものを具現化していくモノづくりは楽しいものです。そしてトラバースという会社は意欲さえあれば誰もが発明者になることができる風土がある。そんな機会を提供していくためにも、積極的に知的財産権の取得に力を入れていきたいですね。
ーー特許出願にあたっては、弁理士のサポートを利用されていますが、弁理士に依頼して良かったと思える点は?
特許に限らず実用新案や商標などは難しい手続きや特許庁とのやりとりが必要になるので、そうした部分を包括的にお任せすることで、こちらも本来の開発業務に専念できるのはありがたいですね。
特に担当の弁理士の方とは、これまでいくつもの特許出願の代理をお願いしてきた仲なので“阿吽の呼吸”ができあがっており、こちらの頭の中にあるものを的確に汲み取ってくれたうえで特許庁に出願できるレベルにまで書類をまとめてくれるのは本当に助かります。
また、開発の過程で「もしかしたらこの技術はすでに他社の特許権が発生しているのでは?」という懸念が浮かぶことがあるのですが、そうした場合にも他社の特許に抵触していないかを調べてくれる。私にとっては実に心強い存在だと思っています。これからもそんな弁理士の方々の力をお借りし、トラバースの価値向上につながる知財活動に取り組んでいくつもりです。