事例紹介
株式会社早稲田大学TLO
早稲田大学が誇る膨大な研究資産を、いかにして社会の力へ変えていくのか――。
その鍵を握るのが、2024年7月に本格始動した株式会社早稲田大学TLOです。
大学の研究成果を特許として権利化し、企業へ橋渡しする同社の活動は、単なる事務手続にとどまりません。アソシエイト自らが研究室へ足を運び、研究者と議論を重ねながら、将来の事業化につながる可能性を持つ技術を見いだし、企業へつなげていきます。
今回は、代表取締役社長の石田智朗氏とシニアエグゼクティブアソシエイトの諏訪桃子氏にお話を伺い、同社が描く知財戦略の全体像と、弁理士をはじめとする関係者と連携して進める事業化支援の実際に迫ります。
大学の研究成果を社会へ橋渡し――早稲田の知財活動を加速する新会社
ーーまずは、御社設立の背景についてお聞かせください。
当社は、早稲田大学の知的財産活動の中核を担ってきた早稲田大学リサーチイノベーションセンター(早大RIC)を母体として設立された、大学の技術移転機関(TLO)です。設立母体である早大RICは、知財戦略の立案、知財マインドの醸成、権利化、技術移転、研究契約、知的財産管理までを担い、研究成果を社会へ橋渡しする基盤を築いてきました。
こうした運用実績とノウハウの蓄積を土台としながらも、研究成果の社会還元に向けた取り組みを一層強化することが求められていました。特に、早稲田大学単独での特許出願活動については、大学の研究ポテンシャルをより十分に活かす余地があり、その向上が課題となっていました。
また、出願件数の拡大にとどまらず、取得した権利をどのように事業化へ結びつけるかも重要なテーマでした。そこで、発明の創出から事業化までを一貫して推進する体制を構築することを目的に、早大RICが担ってきた「権利化」と「技術移転」の機能を切り出し、2024年7月に当社が設立されました。
ーー早稲田大学の「権利化」と「技術移転」を専門的に担い、知的財産活動の強化を支えているのですね。
そうです。一般的にTLOは、大学の研究成果を権利化し、企業へライセンスすることで産学連携を進め、その収益を大学や研究者へ還元する橋渡し役です。当社も同様に、研究成果の権利化と技術移転を専門的に担う体制で運営しています。
早稲田大学は、100%出資の持株会社である早稲田大学グループホールディングス(WGH)を設けており、当社はその傘下にあるグループ会社の一つです。早稲田大学アカデミックソリューション(WAS)などのグループ会社と並び、当社は大学の知財戦略の推進と研究成果の活用・事業化を支える役割を担っています。グループ内では、WASが研究資金の獲得やプロジェクト管理などの「研究の入口」を担う一方、当社は知的財産の活用や技術移転・事業化といった「成果の出口」を担うことで、相互に補完し合う関係にあります。
地道な個別アプローチで研究シーズを発掘
ーー学内の有望な研究を発掘するために、どのような取り組みをされているのでしょうか。
研究者一人ひとりと向き合う「地道な個別アプローチ」によって、将来の事業化につながる可能性を持つ研究成果、いわゆる研究シーズの発掘を進めています。大人数向けの説明会や勉強会に頼るのではなく、研究者と直接対話し、研究内容を丁寧にヒアリングすることを重視しています。自分の研究が特許になるとは思っていない研究者も多いです。だからこそ、個別に向き合うことで初めて価値が見えてくるケースもあります。また、特許を出願するには研究発表のタイミングへの配慮が必要です。当社では発明インタビューから出願・権利化、さらにはライセンス対応に至るまで、研究者ごとにアソシエイトが一貫して担当する体制をとっています。
TLOの活動は、研究者側からの相談を待つ形になりがちです。しかし、研究者は多忙で、権利化よりも研究や論文発表を優先する場合も少なくありません。そこで当社では、連絡を待つのではなく、こちらから積極的に研究室へ直接アプローチし、現在の研究内容を詳しくヒアリングしています。そのうえで、関連分野の特許事例や事業化の可能性を示しながら、研究の新たな価値に気づいていただけるよう働きかけています。こうした対話の積み重ねが、研究成果の発掘と技術移転の基盤になっています。
一人ひとりに時間をかけて向き合うことは容易ではありませんが、地道に継続することが信頼関係の構築につながります。学会前など研究成果がまとまりやすい時期を含め、定期的に連絡を取り、関係性の維持に努めています。所沢や北九州のキャンパスにも積極的に足を運び、対面での対話を重ねています。今後も人と人との信頼関係を基盤とした活動を継続していく方針です。
ーーそうした発明の発掘から、産業界への橋渡しに至るまでの具体的なプロセスを教えてください。
先ほどお話ししたように、当社の主な役割は、権利化と、その成果を事業化につなげる技術移転です。ただ、設立間もない組織でもあるため、現在はまず発明の発掘を強化し、研究シーズの裾野を広げている段階です。
アソシエイトが研究者のもとを訪ね、研究内容を丁寧にヒアリングすることから始まります。その中から知的財産として保護できる技術的要素を見いだし、研究者と継続的に対話を重ねながら、発明の特徴を明確にしていきます。
そのうえで、研究内容とその価値を見極め、特許性と市場性の調査を経て出願へ進めるまでが、当社の中核となるプロセスです。
その後の事業化の段階でも、1対1の直接のアプローチを重視しています。単にライセンスの申し込みを待つのではなく、大企業から中小企業まで、積極的に1社1社に対するアプローチを行っています。特に、発明が新しいうち、すなわち鮮度が高いうちのほうが、ライセンスは成立しやすいです。したがって、発明が出願公開される前の段階において、特に積極的に売り込みを行っています。
こうした事業化を進めるには、分野ごとにパートナー企業の探索方法を柔軟に切り替える必要があります。たとえば、ライフサイエンス分野は候補企業を比較的特定しやすい一方、材料分野は用途が多岐にわたるため、多くの企業をリストアップし、個別に提案を重ねる地道な活動が欠かせません。大企業から中小企業まで、アソシエイトがそれぞれのネットワークを生かしてアプローチしています。
また、早稲田大学ベンチャーズ株式会社(WUV)等の、早稲田大学と連携関係にあるベンチャーキャピタルと起業支援や事業化の検討を進めることもあります。必要に応じて、企業とのマッチングや共同研究の機会創出にも関与し、研究成果が製品やサービスとして活用されるところまで支援しています。
このように研究成果の発掘から事業化までを一貫して伴走し、得られた収益を研究資金として大学に還元するという循環を早稲田に定着させることが、私たちの目標です。
早稲田ならではの強みを生かした技術移転
ーーTLOの立場から見て、早稲田大学ならではの「強み」はどこにあると感じますか。
まず一つは、早稲田の校友ネットワークの存在です。先日も企業を訪問した際、対応してくださった方が早稲田大学の出身で、そこから自然に会話が広がったことがありました。校友という共通基盤があることで距離が縮まり、技術や連携の可能性についても前向きに耳を傾けていただける場面があります。こうした連帯感は、早稲田大学ならではの特徴の一つだと感じています。
加えて、学生数の多さも大きな強みです。研究室には多くの大学院生や学部生が所属しており、学生が主体的に発明に関わる文化があります。実際に研究室を訪問すると、学生自身が研究内容を明確に説明してくれる場面も多く見られます。こうした人材の層の厚さと主体性は、研究成果の創出や技術移転を進めるうえで、非常に大きな強みになっていると考えています。
弁理士のより積極的なコミットが早大TLOの取り組みを加速させる
ーーこれまでのTLO活動で、どのような成果が出てきたのでしょうか。また、その中で弁理士にはどのような関与が期待されますか。
直近の事例としては、選挙の際の有権者と政党との政策一致度診断を行うボートマッチングシステムがあります。これは、早稲田大学政治経済学術院の研究者が関与して設立されたVETA株式会社が提供するサービスで、そのアルゴリズムの一部は早稲田大学の保有特許となっており、当社がライセンス業務を担っています。単に賛否を問うだけでなく、有権者ごとの政策に対する重視度を踏まえてマッチングを行う仕組みで、若年層の政治参加の促進につながる事例の一つだと捉えています。今後は、不動産や人材紹介サービスのマッチングにも応用されていく可能性があります。このような案件でも、弁理士には、発明の本質を適切に捉えた権利化と、活用場面を意識した権利設計の面で大きな役割を期待しています。
こうした活動の中で、私がアソシエイトに求めているのは、市場や業界に対する実務感覚を養うことです。研究者との対話や企業からのフィードバックを蓄積することで、継続して取り組めば、数年で分野ごとの市場特性や業界慣行への理解は着実に深まります。たとえ多数の企業に提案してすぐに成果に結び付かなかったとしても、その理由を整理して研究者にフィードバックすることが重要です。こうした現場の知見を、弁理士による権利化の検討や出願戦略と往復させることで、より実効性の高い知財活用につながると考えています。
ーー早大TLOの活動では、弁理士と連携する場面が非常に多いと思います。今後、弁理士に期待する役割や姿勢についてお聞かせください。
私たちは、弁理士の方々を単なる出願手続の代理人としてではなく、発明を社会に送り出すためのパートナーとして、強い信頼を寄せています。
発明ヒアリングの場においても、単に聞き役にとどまるのではなく、ぜひ積極的に踏み込んで関与していただきたいと考えています。研究者の説明は、これまでの成果を総括する研究紹介に重点が置かれることも少なくありません。その際、「権利化を確実にするには、この切り口が必要ではないか」「このデータがそろえば、権利範囲を広く設計できるのではないか」といった専門家ならではの視点を、率直に提示していただくことを期待しています。
研究者はご自身の研究に強い思い入れを持っています。当社の立場では、権利化の観点からは不要な部分があっても、直接的には指摘しにくい場面があります。そのようなときに、弁理士の方から客観的な根拠に基づいて整理し、論理的に説明していただけると、議論がより建設的かつ円滑に進むと考えています。
研究者、当社、そして弁理士が三位一体となって発明を磨き上げ、より強固な権利を構築していく。弁理士の方々にはそのような伴走者として、今後も積極的な関与と支援を期待しています。