第11回
オープンイノベーションにおける契約の勘所

2020.1.28

1.はじめに

近年、スタートアップ企業と大企業とのオープンイノベーションに注目が集まっています。一方、オープンイノベーションの契約において、スタートアップ企業に一方的に不利な契約が締結された事例が報告されています[1]。
このような事例を解消するために、今回は、スタートアップ企業が大企業とのオープンイノベーションの契約を締結する際の論点と留意点を紹介します。

2.オープンイノベーションにおける契約の論点と
留意点

スタートアップ企業と大企業によるオープンイノベーションは、図1のフェーズに分類することができます。フェーズによって必要な契約の種類は異なります。本記事では、特に、情報交換フェーズとPoCフェーズに絞って、契約の主な論点と留意点を解説します。

【図1】オープンイノベーションのフェーズ分類

オープンイノベーションのフェーズ分類

2.1.情報交換

スタートアップ企業が大企業とのオープンイノベーションを進めるためには、一定の秘密情報を大企業に開示する必要があります。
しかし、契約が全くない状態で開示した秘密情報は、法律で十分に保護することができません。開示した秘密情報を法的に保護するために、秘密保持契約(以下「NDA」(Non Disclosure Agreement)という)を締結する必要があります。
NDAの主な論点と留意点は表1のとおりです。

【表1】NDAの論点と留意点

主な論点 留意点
秘密保持義務を負う者は双方(スタートアップ企業及び大企業の両者)か? スタートアップ企業が情報を開示することが前提になるので、スタートアップ企業だけでなく、大企業も秘密保持義務を負う建付けにする必要があります。
契約のスコープ(契約目的)は適切か(過大又は過小ではないか)? 情報交換フェーズでは、特定の大企業との上市が見えないので、スタートアップ企業にとっては、契約のスコープが過大になると、大企業から受領した秘密情報の保護義務のコストが増加するため、契約のスコープを意図した範囲に適合させることが重要です。
相手方の秘密情報を用いて創造された知的財産権の帰属は誰か? 情報交換フェーズであれば、大企業の貢献は限定的であるはずですので、スタートアップ企業が創造した知的財産権はスタートアップ企業に帰属させるべきです。
但し、情報交換フェーズであっても、スタートアップ企業と大企業が共同で創造するケースも考えられます。共同創造物に関しては、スタートアップ企業と大企業が共有することが一般的です。
NDAにおいて、知的財産権の帰属を適切に規定できたとしても、情報交換の際に、自社の秘密情報であることを明示すること、過剰な情報開示を控えることも重要です。
契約満了後の秘密保持期間の長さは妥当か? 契約満了後の秘密保持期間が長いと、別の大企業との取り組みに支障をきたすことがあります。一方、契約満了後の秘密保持期間が短いと、スタートアップ企業が開示した秘密情報が十分に保護されません。NDAの契約相手方だけでなく、事業戦略を考慮しながら、適切な秘密保持期間を設定することが重要です。

但し、NDAの締結前に情報を全く開示しないわけにもいきません。したがって、NDAの契約交渉に進む前に開示する情報の範囲を慎重に検討することが重要です。特に、NDA締結前に開示する情報については、特許出願を完了させておくことが理想的です。

2.2.PoC

技術検証(以下「PoC」(Proof of Concept)という)フェーズでは、スタートアップ企業の技術を大企業が検証することが主目的です。そのため、共同開発フェーズに進むことは約束されていません。スタートアップ企業にとっては、大企業に対して自社の技術成果を提供する一方、その技術成果の事業化が保証されていません。したがって、PoCフェーズの後の共同開発フェーズも想定して契約を設計することが重要です。
PoC契約の主な論点と留意点は表2のとおりです。

【表2】PoC契約の論点と留意点

主な論点 留意点
スタートアップ企業と大企業の役割は何か? スタートアップ企業の役割だけではなく、大企業の役割(具体的には、検証対象物の創作のために大企業が何を貢献するか)を具体的に明記することが重要です。
スタートアップ企業が大企業に納入する納入物は何か? ・PoCフェーズにおけるスタートアップ企業の成果物の全てが検証に必要であるとは限りません。PoCフェーズの目的を考慮して、検証のために過不足のない納入物を定義することが重要です。
・スタートアップ企業が単独で納入物を創作する場合、納入物には、スタートアップ企業の秘密情報及び知的財産が含まれることになります。そのため、納入物を秘密情報として取り扱うこと、又は利用範囲を制限すること(例えば、検収目的以外の利用の禁止すること、若しくはリバースエンジニアリングの禁止すること)が重要です。
PoCフェーズにおいて生まれた知的財産の取り扱いは適切か? ・スタートアップ企業がほぼ単独で検証対象となる成果物を創作する場合、成果物の知的財産を大企業に帰属させる根拠はありません。
・スタートアップ企業と大企業が共同で検証対象となる成果物を創作する場合、双方が単独で創作した技術要素の知的財産は創作者(スタートアップ企業又は大企業)に帰属させ、双方が共同で創作した技術要素の知的財産は共有することが一般的です。
・スタートアップ企業に帰属する知的財産の大企業に対するライセンスは、PoCフェーズの目的(スタートアップ企業の成果物の検証)に必須ではありません。したがって、大企業からライセンスを要求されたとしても、無償ライセンスを受け入れる意義はありません。
競業禁止範囲は適切か? ・競業禁止範囲が過大になると、PoCフェーズのために他の企業との取り組みが制約されてしまいます。したがって、競業禁止範囲を最小限に留めることが重要です。
・競業禁止範囲は、例えば、以下のような観点を組み合わせて定義することができます。
 ・競業を禁止する期間(例えば、PoC契約期間中に限定する)
 ・競業を禁止する対象(例えば、企業名、事業領域、技術領域)
大企業が共同開発フェーズに移行しないと判断した場合の納入物をどう取り扱うか? 共同開発フェーズに移行できなかった場合、スタートアップ企業は、PoCフェーズの対価(金銭報酬)以外に得るものはありません。そのため、納入物の返却又は廃棄を検討する必要があります。

3.総括

近年、公正取引委員会や経済産業省等の官公庁を主体として、スタートアップ企業と大企業によるオープンイノベーションを促進するために、契約のガイドラインを策定する取り組みが進んでいます[1] – [5]。一方的に不利な契約を締結することのないよう、スタートアップ企業も、積極的に官公庁から発表されるガイドライン等の情報を収集するように努めて下さい。
とはいえ、上記の論点の全てについて、スタートアップ企業の意図したとおりになるとは限りません。場合によっては、大企業の要求を受け入れざるを得ないこともあるでしょう。そのため、オープンイノベーションの取り組みの内容を考慮しつつ、各論点の優先順位を決めることが重要です。 
そもそも、情報交換フェーズやPoCフェーズでは多くの売上を見込むことが難しく、スタートアップにとっては、契約交渉に時間をかけること自体、必ずしも好ましいことではありません。
各論点の優先順位を決めておけば、交渉に割く時間を抑えることができます。
必要に応じて、弁理士等の外部専門家を活用するのも良いでしょう。契約交渉にかける時間を大幅に削減でき、オープンイノベーションに専念できるといったメリットがあります。
なお、外部専門家に依頼する際には、オープンイノベーションの取り組みの内容と各論点の優先順位を明確に伝えるようにして下さい。優先順位の高い論点について不利な内容となることがないよう、交渉を進めてくれることでしょう。
スタートアップ企業にとっては、スピードが命です。
外部専門家をうまく活用して、オープンイノベーションを円滑に進めてください。

参考資料